岩崎稔のホームページ
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     〔自己紹介〕

1944(昭和19)年1月8日生まれ。幼い頃より戸田(神奈川県厚木市戸田)の伯父、伯母、祖母に育てられ、戸田の家(屋号「うなぎや」)を実家とした。1968(昭和43)年大正大学文学部哲学科(西洋哲学専攻)中退。以後、(株)日東社、社会福祉法人同愛会などに勤務し、勤務のかたわら「うなぎや」の歴史と郷土戸田の歴史、そして哲学の研究に没頭。現在は、年金生活で研究会に参加のかたわら、家を訪ねてくる「3人の孫(真大と苺花と華)たち」と遊ぶのを唯一の、楽しみとしている。

  

 著書に、『或る戦いの軌跡―岩崎昌治陣中書簡よりー』(1995年・近代文芸社)、『うなぎやの歴史―追想の戸田とその民俗―』(1997年・市民かわら版社)以上単著、『神奈川県の戦争遺跡』(1996年・大月書店)、『保存版厚木・愛甲今昔写真帖』(2005年・郷土出版)以上共著、『横浜へ来て、いがった』(2005年・市民かわら版)監修がある。『南京大屠殺真相』(日本側史料)(2007年・中国版)には、岩崎昌治の軍事郵便が数通紹介されている。また「市民かわら版」(県央地区の地域新聞)には「民の地下茎−県央民権散歩―」の連載(2年半)がある。


 近年では、2021年3月『「湘南社」民権家群像〜大住・淘綾両郡と愛甲郡の民権家たちの足跡』を刊行した。これは「湘南社」の憲法論議、「湘南社」民権散歩と共に、「湘南社」探索の、3つの構成部分の一つを占めるものである。また、2021年5月には『戸田歴史散歩〜相州大住郡戸田村(現厚木市戸田)の歴史散歩〜』を発刊した。これで、2023年3月刊行した詩集『門と倉』の、戸田3部作が完成した。。

 2023年発刊の『門と倉』は、厚木市中央図書館に他の拙著と共に展示され、地元厚木のタウンニュースや相川公民館ニュースにも掲載され、地域の関心を集めた。またこの『門と倉』は第66回日本農民文学賞「最終選考」に残った作品であったが、2023年3月の本選で、見事落選した。。


 また2023年4月には、季刊『自治と分権』(自治労連・地方自治問題研究機構・大月書店刊)第91号に、「現日本国憲法へとつながる明治期「湘南社」の主権論」が掲載された。これは従来から問い続けている「湘南社の主権論」の先駆的意義を開示するものであった。また2017年以降、鈴木房五郎や猪俣弥八等、海外へ赴いた明治民権期の青年群像が、雨岳文庫民権の会主催の第5回資料展「この地から海を渡った明治の民権派青年」と共に、2023年12月に『海外へと赴いた明治民権期の青年群像』として冊子化の作業を終えた。これで2017年以来の『海外編』青年群像が、一つの総集編としての集約点を形づくることになった。


 これまでの「湘南社」探索をめぐる民権の会が、2021年に新しく創設された「江村栄一記念賞」の第一回記念賞〔団体賞〕受賞対象となったことも、近年の大きな出来事であった。この受賞は、2023年に入ってから伊勢原市長への表敬訪問という結果を生んだ。


 2017年1月から、前年(2016年)からの「自由民権の碑」建碑運動をきっかけとして、新たに「雨岳民権の会」が発足した。この民権の会では「湘南社」民権家群像についての調査また研究、 それとあわせて「湘南社」民権散歩や「湘南社」民権講座等が開催されてきた。それらの活動の成果が、近年、多く新聞に報道され紹介されてきている(社会的活動の項参照)。そのなかの紹介記事を一つずつ紹介する余裕はないが、あえて、その代表的な記事を言うなら、 東京新聞タウンニュース があげられよう。2019年は、猪俣弥八に関する新たな資料が発見されたことによって、初めて弥八の人物像が地域に知られるようになった( (著書紹介の項、参照)。また、2021年3月、これまで調査してきた の項、参照)。また、2020年、これまで調査してきた 「湘南社」民権家群像 が刊行された。また長年「湘南社の憲法議論」と、その主権論の意義を強調し主張し続けて来きたが、2020年10月、雨岳文庫で第6回「湘南社」民権講座として開催されたカンカラ三線・演歌師岡大介 ”現代の自由民権を歌う” 公演において 「湘南社ソング」 が初めて披露された。これも印象に残る出来事であった。日本の近現代史における自由民権運動のもつ先進的意義と時代的転換の意味、それらは現代の日本をめぐる状況認識にも大いに役立つものと思う。本ホームページをさまざまな視角から、検索され、それが「思索の出発点」になることを切に願うものである。


また私的な出来事に遭ったことを、ここで述べよう。それは私に「大腸がんの一種、下行結腸がん」が見つかり、2023年9月1日に、6時間に及ぶ摘出手術を行ったことであった。この手術をきっかけに、人生後年の総括の必要性を痛感し、これまで「覚書」として放置してきた自伝略記を再度見直し、己自身の、これまでの「著述活動(1995〜2023)の総括」を行った。そして、自伝略記『五十年記とその後』を再び発刊した。この総括を本ホームページの閲覧と同時に、是非、ご一読願いたい。これが2024年で80歳となるお爺の願いでもある。 家族は、二人の息子がいるが共に結婚し独立、現在は、妻との二人暮らし。趣味は磯釣り、しかし、依然大物は釣れずいまだ未熟なり。


(2024年1月8日)